横浜地方裁判所 平成元年(行ウ)2号 判決 1993年10月13日
原告
金子正
同
井上邦夫
同
金子忠夫
同
福田貞夫
同
田中宗一郎
同
川口康正
同
金子勉
同
鈴木収衛
同
広井朝雄
同
鈴木英雄
同
田中佐
同
吉田亘
同
原信一郎
同
小澤朝夫
同
金子幸吉
右原告ら訴訟代理人弁護士
木村和夫
同
林良二
被告
亡細郷道一承継人
細郷玲子
右訴訟代理人弁護士
塩田省吾
補助参加人
横浜市
右代表者市長
高秀秀信
右訴訟代理人弁護士
塩田省吾
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告は横浜市に対し、六〇億二七四三万二〇〇〇円及びこれに対する平成元年一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
本件は、横浜市が訴外西武鉄道株式会社(以下「西武鉄道」という。)との間で、昭和六三年四月一六日、その所有する別紙物件目録一及び二の土地(以下「本件土地又は交換渡地」という。)を、西武鉄道の所有する別紙物件目録三ないし六の土地(以下「交換受地」という。)と等価交換(以下「本件交換」という。)したことについて、原告らが、交換渡地の価格は合計一一五億七五九〇万円であり、交換受地の価格は合計五五億四八四六万八〇〇〇円であるから、交換受地の価格が交換渡地に比べて六〇億二七四三万二〇〇〇円も過少となるのであって、両土地は等価とはいえず、その結果、横浜市は同額の損害を被ったことになるから、当時横浜市長であり、右の土地交換契約を結び公有財産の処分を行った承継前の被告細郷道一(以下「承継前被告」という。)は、横浜市に対し、右の違法な財務会計上の行為をなして、交換渡地と交換受地の差額に当たる六〇億二七四三万二〇〇〇円の損害を与えたことになり、それゆえ承継前被告の承継人である被告は横浜市に対し、これを賠償する責任がある、として横浜市に代位して損害賠償請求を求めている住民訴訟である。
第三本件の争点
本件交換は、等価交換として行われ、横浜市及び西武鉄道間には、相互に交換差金の収受がなされていないが、原告らの主張するように交換渡地の価格が交換受地よりも高価であって、そのため横浜市が損害を受けたか否か、また仮にそうであったとしたら、承継前被告はそれについて責任があるかが争点である。
第四双方の主張
(原告・請求原因)
一本件交換の経緯等
1 横浜市は、同市港北区所在のJR東海道新幹線・新横浜駅の北部地区約80.5ヘクタールの土地につき、土地区画整理事業を施行し、昭和五〇年一一月五日に換地処分公告により同事業を終了した。交換渡地はいずれも右土地区画整理事業の結果、区画街路として設置された公衆用道路であって、いずれも横浜市の所有であった。
2 横浜市長であった承継前被告は、本件交換渡地につき、昭和六二年六月二五日路線廃止の処分をし、昭和六三年四月一九日、西武鉄道との間において同社所有の本件交換受地と等価で交換する旨の契約を締結し、同月二二日にそれぞれその所有権移転登記手続を了し、そのころ双方の土地の引渡手続を了した。
二原告の主張する本件交換の違法事由
本件交換は、等価交換として行われ、交換差金の収受がなされていないところ、交換渡地は交換受地に比して著しく高額であって等価ではなく、地方自治法二三七条二項及び財産の交換、譲渡、貸付け等に関する条例二条二項(<書証番号略>)に反する違法なものである。
1 承継前被告は、普通財産を交換するときは「適正な価格」を定め、これをもって交換価格としなければならず(横浜市公有財産規則六五条二項、以下「公有財産規則」という。<書証番号略>)、当該各土地の価格が等しくないときは、その差額を金銭で補足しなければならない(財産の交換、譲渡、貸付けに関する条例二条二項。<書証番号略>)ところ、本件各交換土地につき、価格評価時点を昭和六〇年七月二三日とし、交換渡地につき一平方メートル当たり一三九万一六〇〇円とし、交換受地につき同じく一平方メートル当たり一二六万六三五七円をもって各交換価格と決定し、交換渡地の面積1439.22平方メートル(実測)に対し、交換受地の面積を1581.56平方メートル(実測)として、その格差がいずれも約九パーセントで、価格もいずれも二〇億〇二八一万八五五二円であって等価であるとしている。
2 しかしながら、交換渡地はJR東海道新幹線・新横浜駅から至近距離にあり、かつ南北を公道に接している土地であるのに対し、交換受地は、同駅から市道環状二号線を隔てて約三〇〇メートルの距離にあり、土地上その価格に著しい相違がある。
3 交換価格における「適正な価格」とは、正常な取引価格、すなわち合理的市場で形成される市場価格であり、売手と買手のいずれにも偏らない社会一般が通常妥当と認める価格をいうと解すべきである。
ところが、本件における鑑定の結果によれば、交換渡地は一平方メートル当たり八〇五万円であり、これにその面積合計一四三八平方メートル(四三五坪)を乗じると、その価格は一一五億七五九〇万円であるのに対し、交換受地は一平方メートル当たり三五一万円であり、これにその面積合計1580.76平方メートル(478.18坪)を乗じた価格は五五億四八四六万八〇〇〇円であって、交換受地の価格は交換渡地に比べて、六〇億二七四三万二〇〇〇円も過少であるから、両土地が等価の関係にないことは明らかである。
4 以上のとおり、本件交換は、著しく不等価であり、交換差額金の補足徴収もされていないから、地方自治法二三七条二項及び財産の交換、譲渡、貸付け等に関する条例二条二項に反する違法なものである。
5 承継前被告は、横浜市長として、前記のとおり違法な土地交換契約の締結及び公有財産の処分を行ったことにより、交換渡地と交換受地との差額六〇億二七四三万二〇〇〇円の損害を横浜市に対して与えたことになる。
承継前被告は、平成二年二月一五日死亡し、被告(承継後)は、その権利・義務を承継した。
6 原告らは横浜市監査委員に対し、昭和六三年一〇月二四日、本件交換が違法な契約の締結ないし財産の処分であるとして、住民監査請求をしたところ、同委員は、同年一二月二〇日、原告らの請求は理由がないとした監査結果を原告らに通知し、原告らは同月二二日ころ右通知の送達を受けた。
7 よって、原告らは被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて、横浜市に代位して、右損害金六〇億二七四三万二〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年一月二四日から支払い済みに至るまで、年五分の割合による遅延損害金を横浜市に対して支払うよう求める。
(被告・請求原因に対する認否と主張)
一1 請求原因一1の事実は認める。
2 同一2の事実は認める。
二同二冒頭の事実は否認する。
1 同二1の事実は認める。
2 同二2の事実のうち、「立地上その価格に著しい相違がある」との点は否認し、その余は認める。
3 同3は争う。
4 同4は争う。
5 同5前段は否認する。同5後段の事実は認める。
6 同6の事実は認める。
三被告の主張
1 本件交換は横浜市における財産評価手続により適正になされた。
(一) 交換における評価について、横浜市の公有財産規則一五条(<書証番号略>)は「市有財産の取得(同規則二条により交換を含む。)、処分(同規則二条により交換を含む。)、貸付又は使用許可の場合における当該財産の価格、貸付料又は使用料の決定に際しては、予め横浜市財産評価審議会に諮問するものとする。ただし、軽易なもの又は特別なものについてはこの限りではない。」と定める。
そして、横浜市財産評価基準要綱(以下「評価要綱」という。<書証番号略>)は、まずその四条で「財産の取得等の案件は、原則として横浜市財産評価審議会に付議するものであるが、企画財政局長は当該財産の数量、規模、構成の内容かつ当該財産にかかる事業の目的、性格、機能、緊急性等を検討し、審議会に付議するものと公有財産規則一五条但書にある軽易なもの又は特別なものに区分する。」として、評価義務を所轄する企画財政局長の財産評価についての事務基準を示した。
次いで、評価要綱五条は財産評価審議会に付議するもの以外のものについて、手続基準を示しており、「軽易なもの」とは、案件の目的、規模等から審議会に付議せず、管財課の評価事務をもって足りるか、もしくはその適切な助言等をもって足りるものと判断した案件をいい、「特別なもの」とは、案件にかかる事業の目的等から、不動産鑑定士(補)の鑑定評価もしくは国等又は他の地方公共団体の売払価格によることが、適切と判断した案件をいうとしている。右のような「軽易なもの」についての財産評価は、横浜市企画財政局管財部管財課によるいわゆる「評価事務」によって行い、「特別なもの」は不動産鑑定士(補)によるいわゆる「外部鑑定評価」によって行うものとされている。評価要綱六条は「軽易なもの」の判断の参考事例を列挙し、土地等にあっては近隣地域及び類似地域に適切な横浜市の評価先例及び取引事例等があって、それらによることができ、原則として土地の数量が一〇〇〇平方メートル未満のものなどとされている。
(二) 横浜市における財産評価の方法
(1) 評価の基準
横浜市における財産評価の基準として、評価要綱(<書証番号略>)二条は「不動産鑑定評価基準」を基本とするとし、同三条は価格の評定に当たっては、土地価格比準表(<書証番号略>)によるものとし、固定資産評価事務取扱要領、公共用地取得等に伴う損失補償基準及び評定慣習等を参酌するものとするなどとしている。
(2) 不動産鑑定評価基準
これは、昭和四四年当時の不動産鑑定理論を集大成して作成した信頼性の高い不動産の鑑定基準で、適正な鑑定評価をするためにはこの基準によることが必要とされているものである。
(3) 評価要綱による評価基準
評価要綱が、価格の選定は土地価格比準表によることとし、固定資産評価事務取扱要領についてはこれを参酌するとした理由は、同要領は、固定資産税等を徴収する目的で政策上設定された評価手続であるから、具体的な市場価格を求める評価方法としては妥当でないとの考えによるものである。
また、不動産鑑定評価基準は、不動産鑑定評価の一つの方法として取引事例比較方式を挙げており、これは多数の取引事例を収集して、必要に応じて事情補正及び時点修正を施し、かつ地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって、対象不動産の価格すなわち比準価格を求めるものである。そして国土庁通達によって昭和五一年に作成された「土地価格比準表」には、比較すべき諸要因の条件別の項目、細項目及び格差率等が示されているので、横浜市においても、これにならい、評価要綱三条に「価格の評定にあたっては、土地価格比準表による」と定めたのである。
右のような土地評価については、まず対象地の所在する地域(近隣地域)及び当該地域の地域区分と同一の地域区分に属する地域(類似地域)で、かつ同一の需給圏内にあるもののなかから、多数の取引事例のうち適切なものを「基準地」として選択し、それと土地価格比準表に従った比準を行って対象地の評価をすることになる。
しかし、基準地の選択に当たり近隣地域及び類似地域に適切な評価先例があれば、評価審議会の付議又は不動産鑑定士(補)に依頼しなくとも、右先例評価地を基準地として土地価格比準表に従って比準することにより価格を算定することができるのであるから、このような場合には、管財課による評価事務により、妥当な価格評価が得られるのである。
そして、本件交換地は別紙図面のとおりの位置関係にあるところ、横浜市財産評価審議会が昭和六〇年七月二三日に評価した港北区新横浜三丁目一〇番一六(同図面黄色の部分、以下「本件先例地」という。)は、環状二号線をもって交換渡地(同図面の青色部分)と隔てられて、これと同一需給圏内にあり、しかも交換受地(同図面赤色の部分)が近隣地域にあるので、適切な評価先例地であって、基準地として比準するのが妥当である。
しかも管財課は、土地評価に実績を有しているので、同課が本件先例地を基準地として比準をすることに問題はないばかりか、その地域は均質かつ整然とした街区で、しかも各土地は近接しているので、比準表が定める地域及び個別の各要因の比較は容易であり、本件においては交換地の数量が一〇〇〇平方メートルを超えるが、例外として管財課の評価事務による評価を相当と判断したものである。
(三) 昭和六二年六月一五日における本件交換地の評価
(1) 本件土地の評価は、交換受地については正常価格(市場性を有する不動産について、合理的な自由市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格。この場合において、合理的市場とは、市場統制等がない公開の市場で、需要者及び供給者が売り急ぎ、買い進み等の特別の動機によらないで行動する市場をいう。)を、交換渡地については限定価格(市場性を有する不動産について、当該不動産の価格が、それと取得する他の不動産との併合又は不動産の一部を取得する際の分割に基づき、合理的な市場で形成されるであろう市場価値を乖離することにより、市場が相対的に限定される場合における取得部分の当該市場限定に基づく市場価値を表示する価格)を、それぞれ求めるのである。
交換渡地は両側が西武鉄道所有地なので、交換取得により一体利用が可能となり、交換渡地の価値が上昇するので、その価格評価は限定価格を求めることになり、しかも右の関係から、本来の正常価格よりも高くなるのである。
(2) 本件評価は昭和六二年六月一五日になされたものであるが、評価時点を昭和六〇年七月二三日とした。その理由は、本件先例地は、右評価依頼を受けた当時、横浜市が西武鉄道から、昭和六〇年七月二三日時点の評価にかかる価格をもって買収交渉中であったので、
ア 新たに昭和六二年六月一五日時点の評価価格を示すことは、地価急騰時には前記買収交渉に影響を与え、右交渉に重大な支障を与えること。
イ 右買収と本件交換の相手はともに西武鉄道なので、買収価格と交換価格とに整合性を図る必要があること。
ウ 本件交換価格は評定された価格自体に意義があるのではなく、交換価格の比較、すなわちそれが交換比となるので、その価格比が意味を有するものであること。
などの理由により、本件評価の時点を本件先例地の評価時点である昭和六〇年七月二三日に遡及させたのである。
なお、昭和六三年三月二五日に本件交換地の再評価をしたところ、交換渡地の上昇率は4.3倍、交換受地のそれは4.29倍であり、ほとんど同等の上昇率なので、当初の昭和六〇年における価格比を見直す必要はなかったのである。
(3) 交換渡地の価格算定
本件は、土地価格比準表のうち準高度商業地域の地域要因比準表(以下「Ⅰ表」という。)、同個別要因比準表(以下「Ⅱ表」という。)を用いた。
なお、その算定方法は、まず本件先例地を近隣地域とする第一標準地を想定し、その画地条件等を検討した上、本件先例地の価格に基づいてその価格を求め、次いで本件交換渡地が位置する環状二号線沿い周辺に五〇〇ないし一〇〇〇平方メートル程度の第二標準地を想定して、すでに求めた第一標準地の価格をもとに地域要因を比較して第二標準地の価格を求め、さらに本件交換渡地が位置する新幹線沿いの幅員一二メートルの市道周辺に想定した第三の標準地について、第二標準地の価格をもとに個別要因を比較してその価格を求め、最後に本件交換渡地の地形、隣地との一体利用の可能性等の個別的要因を検討する、というやり方である。
ア 標準地補正
交換渡地については、本件先例地の事例をもとに、環状二号線沿いに本件先例地周辺を近隣地域とする標準画地(別紙図面のA部分、以下「A土地」という。)を想定し、本件先例地の価格(一平方メートル当たり一四三万五九〇〇円。これは公示価格を基準とした。評価要綱三条。)から、A土地の価格について、角地である本件先例地に対して、A土地は普通(一方が街路に接する画地)であるから比準表(<書証番号略>別紙算式1―1の1)により1.07と補正した。
イ 地域要因比較
次に交換渡地が位置する環状二号線沿い周辺に五〇〇平方メートルないし一〇〇〇平方メートル程度の標準画地(別紙図面のB部分、以下「B土地」という。)を想定し、A土地の価格をもとに地域要因(交通・接近条件1.30、街路条件1.00、商況性1.15としてそれらの総乗数1.495をA土地の価格に乗じた。別紙算式1―1の2)を比較し、B土地の価格を求めた。
ウ 個別要因比較
交換渡地が位置する新幹線沿いの幅員一二メートルの市道周辺に標準画地(別紙図面のC部分、以下「C土地」という。)を想定し、B土地の価格をもとに個別要因(交通・近接条件0.95、街路条件0.90、商況性0.85としてそれらの総乗数0.726をB土地の価格に乗じた。別紙算式1―1の3)を比較して、C土地の価格を求めた。
エ 個別要因比較
次いで、交換渡地は地形が長狭なので、単独利用を想定した場合は環状二号線側と新幹線沿いの市道側とに二分割して利用するのが合理的であるから、B土地及びC土地の土地価格からその各土地の個別的要因を比較して得られたそれぞれの価格を加重平均した上で、交換渡地の単独価格を次のように求めた。すなわち、二分割したそれぞれの土地は奥行長大、奥行逓減であるから、その画地条件はそれぞれ0.765とみて、それをB及びCの土地価格にそれぞれ乗じて得たものを合算し、それを二で除したものが、交換渡地の単独価格である(別紙算式1―1の4)。
オ 個別要因比較
交換渡地は、隣接する街区四番及び同五番の各土地と一体利用が可能であるから、それを想定し、一体利用となると四方路画地となるので、その画地の価格をB土地をもとに個別要因を比較して次のように求めた。すなわち、一方路画地B土地と比較して四方路画地の画地条件を1.15とみて、それに前記のB土地の価格を乗じて得たものが交換渡地の一体利用による価格である(別紙算式1―1の5)。
カ 増分価値
したがって交換渡地の一体利用による前記オの価格から前記エの単独価格を控除したものが、総体の増分価値となる(別紙算式1―1の6)。
キ 配分される増分価値
前記総体の増分価値を隣接する四番及び五番街区の土地の総額比で配分して交換渡地に配分される増分価値を次のように求めた。
すなわち、前記エの交換渡地(1439.22平方メートル)の単独価格を、隣地の単独価格及び一体利用による価格(四番の土地6366.72平方メートルと五番の土地4931.27平方メートル)と右交換渡地の単独価格を合算した価格で除した総額比を前記増分価値に乗じたものが、交換渡地に配分される増分価値である(別紙算式1―1の7)。
ク 前記エの単独価格と前記キの増分価値を合算したものが、交換渡地の限定価格となり(別紙算式1―1の8)、一平方メートル当たり一三九万一六〇〇円である。
(4) 本件交換受地の正常価格
前記(3)アによるA土地と、交換受地との個別的要因を比較すると、右交換受地はA土地に比して、街路条件0.975、交通・接近条件及び商況性0.925、画地条件1.05であるから、それらの総乗数0.946を前記Aの土地価格に乗じて得たものが交換受地の正常価格となり(別紙算式1―2)、これを計算すると一平方メートル当たり一二六万九五〇〇円となる。
(四) 昭和六三年三月二五日の再評価
(1) 再評価の算定方法
右再評価の基礎となる取引価格として次の三例を選び、これらを対象地として、前記(三)(3)と同様の方法により、本件交換渡地の価格を算出するのである。
a 新横浜三丁目一二番付近(以下「a土地」という。)
昭和六二年一一月取引。なお、外部鑑定による価格は、一平方メートル当たり五〇〇万円である。
b 新横浜二丁目一四番付近(以下「b土地」という。)
昭和六二年六月取引。なお、当事者による取引価格は、一平方メートル当たり八四七万円である。
c 新横浜二丁目一五番一九付近(以下「c土地」という。)
昭和六三年一月一日取引。なお、地価公示によると一平方メートル当たり五三〇万円である。
(2) 交換渡地の価格算定
ア a土地の価格と調整価格
A a土地と標準画地(A土地)について次のとおり格差率を算定した(別紙算式2―1の1)。
① 標準化補正
街路条件0.975、交通・接近条件0.975、商況性0.95としてその総乗数1.009をa土地の価格に乗じた。
② 時点修正
昭和六二年一一月から昭和六三年三月間の地価公示価格と地価動向調査を勘案して、修正率1.013とした。
B 地域要因比較調整価格(別紙算式2―1の2)
A土地を基準地、B土地を対象地としたので、昭和六二年二月一五日の評価と同じことになり(前記(三)(3)イ)、交通・接近条件1.30、商況性1.15としてその総乗数1.495を右により算出されたA土地の価格に乗じた。
イ b土地の価格と調整価格
A b土地と標準画地(A土地)について次のとおり格差率を算定した。(別紙算式2―1の1)
① 標準化補正
b土地は想定する標準画地と大略において類似しているので標準化補正を要しない。
② 事情修正
投機要素を考慮して三〇パーセント修正した。
③ 時点修正
昭和六二年六月から昭和六三年三月間の地価公示価格と地価動向調査を勘案して、修正率1.12とした。
B 地域要因比較調整価格(別紙算式2―1の2)
標準画地(b土地)を基準地、B土地を対象地としたので、交通、接近条件1.20、街路条件1.03、商況性1.10としてその総乗数1.359を、右により算出されたb土地の価格に乗じた。
ウ c土地の価格と調整価格
A c土地と標準画地(Bの土地)について次のとおり格差率を算定した(別紙算式2―1の1)。
① 標準化補正
c土地は想定する標準画地と大略において類似しているので標準化補正を要しない。
② 時点修正
Bの土地価格は昭和六三年一月現在のものであるから、地価公示価格と地価動向調査を勘案して、上昇率なしとした。
B 地域要因比較調整価格(算式2―1の2)
標準画地(c土地)を基準地、B土地を対象地として、交通・接近条件1.15、商況性1.05としてその総乗数0.120を、右により算出されたc土地の価格に乗じた。
エ 交換渡地の個別要因比較
B土地の奥行長大、奥行逓減、街路条件、交通・接近条件、商況性、画地条件については、昭和六二年三月二五日の評価時と再評価時点との間に各別の変化はないのでいずれも、前記(三)(3)ウ・エの格差率と同じである(別紙算式2―1の3)。
オ 増分価値
一体利用よる価格から単独価格を差し引いたものが増分価値となる。
カ 配分される増分価値
前記増分価値を交換渡地と接近地の四番街区の土地との総額比で配分される増分価値を求めた。
キ 限定価格
前記ウの調整価格と前記オの配分される増分価値とを合算したものが交換渡地の限定価格である(別紙算式2―1の7)。
(3) 交換受地の価格算定
ア 各取引地価格の補修正
前記(2)ア・イ・ウに同じ
イ 地域要因比較
A a土地を基準地、A土地を標準画地(対象地)としたが、同一近隣地域なので格差率はなしとした(別紙算式2―2の1)。
B b土地を基準地、A土地を標準画地(対象地)として、次のとおり格差率を算定した(別紙算式2―2の1)。
標準化補正として、街路条件1.03、交通・接近条件0.90、商況性0.95の総乗数0.88をb土地の価格に乗じた。
C c土地を基準地、A土地を標準画地(対象地)として次のとおり格差率を算定した(別紙算式2―2の1)。
標準化補正として、交通・接近条件0.85、商況性0.90の総乗数0.765をc土地の価格に乗じた。
ウ 正常価格、個別要因比較
前記標準画地(A土地)を基準地、交換受地を対象地として個別要因を比較して同受地の正常価格を求めた。
街路条件0.975、交通・接近条件0.975、商況性0.95としてその総乗数1.046を、右イのA・B・Cの各価格を調整した価格に乗じた(別紙算式2―2の2)。
エ 右のように交換渡地と、その評定した交換渡地価格(一平方メートル当たり五九八万四〇〇〇円)と対等額である交換受地価格(なお、交換受地については、前記基準標準地の価格と個別要因(ただし、近隣地域なので地域要因の比較は必要でない。)を比較して、その正常価格を一平方メートル当たり五四四万六九〇〇円と評定した。)によって算出されたその受地の面積と交換したのである。
(五) 昭和六〇年七月二三日時点の評価と昭和六三年三月二五日時点の再評価との比較
右のとおり一平方メートル当たり一三九万一六〇〇円であった本件交換渡地が五九八万四〇〇〇円になり、一平方メートル当たり一二六万九五〇〇円であった本件交換受地が五四四万六九〇〇円になったことになるので、その比率は、本件交換渡地については4.3倍、本件交換受地については4.29倍であり、ほぼ同じということになる。
2 本件交換が適正に評価されたものでなかったとしても、それは組織上の過失であり、横浜市長であった亡細郷道一個人はその責任を負わない。
すなわち、行政組織においては、行政の意思は形式的には行政官庁たる機関により外部に表示されるが、実際には行政官庁の内部において多数の者の同意を得て決定される(稟議制)のであり、本件交換も、都市計画局長から企画財政局長に対して、本件交換土地についての価格評価の依頼がなされ、同局内で評価作業がなされた後、同局長の決裁を得てその評価結果が都市計画局長に回答され、それに基づいて道路局の用地部及び総務部、企画財政局の管財部及び財政部等で協議検討された最終原案が助役を経て市長たる亡細郷道一に提出されて、決裁されたのであり、仮に交換差額があったとしても、右決裁以前の段階において生じたものであって、同人には過失はない。つまり、亡細郷道一は右提案がなされた際、事前に交換価格に独自に注文又は指示等しなかったし、土地評価についての専門知識もないばかりか、部下を信頼していたこともあって、右提案が妥当なものと認識していたのであり、仮に差額があっても発見することもできなかったのであるから、個人としての責任はない。
なお、このような職制上の過失についても損害賠償責任があるとしても、それは市長という資格に基づく責任であり、それにより生じた債務は一身専属的なものであるから、亡細郷道一の死亡によりその債務も消滅した。
3 仮に本件交換により差額が生じたとしても、横浜市に損害は発生していない。
すなわち、本件交換により差額が生じたのであれば、横浜市は西武鉄道に対して補足金徴収請求権を有することになるのであるから、右請求権が時効消滅したり、西武鉄道が無資力になったりしてその行使が不可能になったりしない限り、横浜市には損害が生じていないことになる。したがって、亡細郷道一の過失により横浜市に損害が生じたことを前提とする本件請求は理由がない。
4 仮に本件交換の評価が適正でなかったとしても、亡細郷道一には過失はない。
すなわち、本件交換契約の基礎である土地価格の評価は極めて専門的な作業であり、しかもその評価は前記のように横浜市の組織としてなされたものであるから、事前に交換価格に独自に注文又は指示等しなかったし、土地評価についての専門知識もなく、部下を信頼していた亡細郷道一が市長として、提出された本件土地の評価についてこれが妥当なものと認識したことに過失はない。
(被告の主張に対する認否と原告の主張)
一1 被告の主張1(一)、(二)(1)ないし(5)の一般的な評価の方法については認める。
2 同1(二)(6)、(7)は争う。
3 同1(三)、(四)は争う。
4 同2ないし4はいずれも争う。
二原告の主張
1 本件評価方法の違法
(一) 横浜市企画財政部管財課の評価事務について
(1) 横浜市の財産についての一般的評価方法について、被告の主張1(一)のとおり定められていることは認める。しかしながら、この慎重な手続は、規範的意義を有するものであって、市長の自由裁量に任されている事項ではない。
(2) しかるに、横浜市は、本件交換両土地の評価を行うに当たり、本件がいわゆる「軽易なもの」に当たるとして、公有財産規則一五条本文によらず、右管財課の評価事務によってこれをした。
被告は、本件交換両土地の類似もしくは近隣地域内に評価時点を同じくする適切な評価先例地たる本件先例地があったからとしている。
(3) しかしながら、この被告の主張は理由がない。
ア 交換渡地は、新横浜駅に近接し、同駅を中心とした高度地区内にあるのに対し、本件先例地は同駅及び本件交換渡地から環状二号線を隔てて数百メートル離れた準高度地区内にあって、両土地が同一需要圏内にある類似地域にあるとはいえない。
イ 評価要綱によれば、「軽易なもの」というためには、評価先例地があるというだけでは足りず、その上さらに土地の面積が一〇〇〇平方メートル未満のものでなければならないとしているのに、本件においては、両土地ともこの面積をはるかに超えている。
ウ 本件先例地の評価の時点を昭和六〇年七月二三日としたとのことであるが、このときから、本件交換契約が締結された昭和六三年四月までの三年間は、全国的にはもちろん、とりわけ本件地域においては、急激な地価の高騰がみられたものであり、このような地域において地価高騰時以前の土地評価に依拠する本件評価方法が合理性を欠くことは明らかである。
エ したがって、本件土地評価に当たっては、公有財産規則一五条に基づき、審議会の諮問を経るか、不動産鑑定士(補)の鑑定評価によるなどの客観的公正が担保される方法によるべきであるのに、これらの手続をとらず、単なる同市内部の事務手続によった本件評価は、適正な手続を誤った違法なものといわなければならない。
そして、この手続上の過誤は、単なる評価方法における誤りというに止まらず、結果として評価そのものの誤りを招来しているものであるから、この意味からもその違反性は重視されなければならない。
(二) 評価時点について
(1) 被告は、本件交換両土地の評価時点を昭和六〇年七月二三日としているが合理性がない。
本件交換契約は昭和六三年四月一九日にされているのであるから、土地価格の評価時点をこの日又はこの日に極めて接近した日に設定すべきであることは社会通念上当然である。しかもこの間の三年間において地価の急激な上昇がみられたことは公知の事実であるから、本件交換時点における評価をしなければ極めて不当な結果を招来することは明らかであって、仮に、先例評価があったとしても、本件交換両土地について再評価を行うべきである。
(2) 被告は、交換は価格比の問題であり、その時点の価格には直接関係がないと主張するが、これは誤りである。
確かに、交換は価格比の問題であるが、その価格比を確定するには、まず当該交換地の価格を算定しなければならないものであって、その時点の価格が算定された上で、これによってはじめて交換比率が確認されるのである。
(三) 本件評価の違法
(1) 公示価格規準義務違反
ア 地価公示法は、地方公共団体が公共用地の取得価格を定める場合には、同法に定める公示価格を規準としなければならない旨規定しており(同法九条)、また評価要綱が、財産の評価につき公示価格又は国土利用計画法施行令に基づく神奈川県地価調査基準地の標準価格に規準すべき旨を定めている(三条)のは、右地価公示法の趣旨を基本としてこれをさらに一般化したものと解される。
地価公示法にいう「公示価格を規準とする」ことの意義については同法一一条の規定するところである。
イ 被告は、昭和六〇年七月二三日にしたとする本件先例地の評価について、その具体的内容、すなわち評価の方法、価格算定の方式及び積算根拠等につき明らかにしない。つまり、被告は、右「本件先例地の価格は、横浜市財産評価審議会が近隣の公示価格を充分規準した上評価した価格である。」と主張するが、どのような鑑定方式によりどのように公示価格に規準したのか、また価格形成の分析がどのように行われたか、その結果いかなる結論に達したのか、何ら示されるところがない。
また、右評価は、本件先例地を所与のものとして、これと本件交換両土地との比較を行い、それぞれの価格を算定しているが、これが、仮に本件先例地を一つの取引事例とみて比準価格を算定したものとしても、これについては以下に述べる誤りがある。
すなわち、第一に不動産鑑定評価規準によれば、取引事例比較法は多数の取引事例を収集して行うとしており、ただ一例の取引事例では取引事例比較法の名に値しない。
第二に、公示価格に規準するといい得るためには、取引事例比較法、収益還元法、原価法の三方式による算定が行われるか、少なくとも三方式の取捨選択について理由を示した検討が加えられていなければならないと解されるところ、本件においては、取引事例比較法のみが理由もなく当然のこととして取り上げられているだけであるから、不動産鑑定評価規準に則った鑑定方式によったものとは到底いえない。
第三に、本件においては、第三者機関たる横浜市財産評価審議会による価格評定も不動産鑑定士(補)による鑑定評価もなされていないのである。
ウ 再評価について
被告は、横浜市は昭和六三年三月二五日に本件交換土地の再評価をしたとするが、その評価方法は極めて杜撰かつ恣意的なもので、公示価格規準義務を尽くしたものとはいえない。
つまり、これは評価方法として取引事例比較法のみによっており、他の方式による検討がされていないばかりか、取引事例比較法によったとされた内容も、前記のとおり、その名に値しないものである。
被告は、被告の主張三1(四)(1)で取引事例としてa、b、cの各土地の三例をあげているが、このうちc土地は公示価格そのものであり、このような公示価格を一つの事例としてこれに地域要因等の補正を加えて価格を算定する方法は不動産評価鑑定基準にはないものであって、横浜市のやり方がいかに杜撰なものかを示すものである。
したがって、再評価に当たって取引事例として比較検討の対象とされているのは、a土地及びb土地の二例のみであって、これでは、不動産鑑定評価基準のいうところの、多数の取引事例を収集するということはできないので、右基準に則ったものとは到底いえない。しかも、右a土地及びb土地の二例についても、その事例の内容、画地の状況、取引に当たっての事情等について具体的には何ら示されていない。
要するに、被告主張の取引事例は価格算定が極めて杜撰かつ恣意的であって、その合理性を認めることはできない。
(2) 価格算定の違法
ア 地価上昇率について
被告は、昭和六三年三月二五日に本件交換地の再評価をしたところ、交換渡地の地価上昇率は4.3倍、交換受地のそれは4.29倍であったというが、いかなる根拠に基づくのか不明であり、しかも次のとおりこれは事実に反する。
すなわち、原告の調査によれば、公示価格及び県の基準地価格において昭和六〇年から昭和六三年までの地価上昇率は新横浜駅の近接地において10.6倍、周辺地において7.1倍を示しており、著しい格差があることが明らかである。
イ 交換渡地の限定価格の誤り
本件評価における交換渡地の増分価値の配分は総額比によって行われているが、この方式は極めて不当である。つまり、この方式によれば、一体利用による交換渡地の画地条件を1.15としながら、その配分は増分価値の6.8パーセントに過ぎず、結局のところ限定価格における増分価値はほとんどなきに等しいものとなるのであり、それが不合理であることは明らかである。
ウ 交換受地の再評価について
被告は、その主張三1(四)(1)において、取引事例としてb土地の例をあげ、b土地を基準地、Aの土地を標準地(対象地)とする地域要因比較をなし、その交通・接近条件について、本件先例地と比較して格差率を出しているが、その交通・接近条件及び商況性の係数は曖昧で根拠のないものである。
エ 交換渡地の個別的要因比較の誤り(奥行逓減)
被告は、本件交換渡地は二分割して利用するのが合理的であるとして、二分割したそれぞれの土地につき奥行長大、奥行逓減による画地条件を0.765としている(被告の主張三1(三)(3)エ、別紙算式1―1の4、2―1)が、被告が想定するように交換渡地を二分割した場合の画地は間口約一六メートル、奥行約四五メートルであり、長狭形といってもその比率は2.8程度であり、かつ間口の広さからいっても、土地価格比準表がこのような画地を想定していないとすることは独断であり、しかも損失補償基準の奥行逓減表は、間口との相関ではなく奥行のみの実数による逓減であって前提条件を欠くものであり、これを無条件に適用することは極めて恣意的である。
オ 交換渡地の限定価格算出の誤り
a 被告は交換渡地の一体利用による限定価格につき、四方路画地とみてその画地条件を1.15とみている(被告の主張三1(三)(3)オ、別紙算式1―1の5、2―1)が、交換渡地と隣接土地との併合による交換渡地の画地条件の変化は、右四方路のみではなく、奥行逓減、奥行長大の解消、すなわちその標準画地化こそが重要であるので、この画地条件は誤りである。
b 限定価格の鑑定評価手順としては、①まず併合前の併合する画地aと併合される画地bのそれぞれを単独利用した場合の正常価格を求め、②次いで、aとbの併合後の画地cの一体利用した場合の正常価格を求めた上、③さらにcの価格からaとbの価格の合計額を差引いてその増分価値を求め、④増分価値が発生した場合において、aとbがそれに対してそれぞれどの程度の寄与をしたかという貢献度を判定し、⑤その後bの増分価値に対する寄与の程度に応じて適正妥当な方法で増分価値の配分額を査定し、⑥bの正常価格に右増分価値の配分額を加算することにより限定価格を求めるものとされている。
しかるに、被告主張の算定方法(被告の主張三1(三)(3)カ・キ、別紙算式1―1の6、2―1)においては、併合する画地(渡地に隣接する両土地)の正常価格のみならず、併合後の画地の一体利用した場合の正常価格が求められておらず、また右④の双方の土地の寄与ないし貢献度については何らの顧慮も払われていない。したがって、右寄与(貢献度)の判定と右⑤の増分価値の配分の程度・方法の選択との関連が不明である。
別紙算式1―1(交換渡地)の5以下及び同2―1(交換渡地)の4以下は、右評価手順に照らして、全く合理性がなく、極めて杜撰なものといわなければならない。
増分価値の配分方法としては、面積比による方法、単価比による方法などがあるが、本件においては、前述の理由により、総額比によることは適切ではなく、寄与率ないし限度額比の方法によって算出されるべきである。
カ 本件鑑定による交換渡地の限定価格
限定価格の算定方法が、一般的に増分価値の算出とその配分という手順で行われることは被告主張のとおりであるが、「限定価格とは、そもそも合理的な市場で形成されるであろう市場価値を乖離しても採算が取れる範囲の価値であるとすれば、その上限価格(併合し一体となった土地価格)を是認してよい場合も考えられる」とされているのであって、常に前記の方法・手順に従って限定価格が算定されねばならないというものではない。交換渡地は、ホテル建設を目的とする両側隣接地の併合、一体化によるスーパーブロック形成のための接合部分に位置するものであって、この土地の取得なくしてはその目的を実現することが不可能もしくは極めて困難であるという客観的な事情があるのである。このような場合、当該対象地の限定価格を、併合により得られる上限価格、すなわち併合され一体となった土地の正常価格をもって評価することは、なんら不合理なものではない。本件鑑定書における併合後の土地の正常価格は、右の意味において、交換渡地の限定価格にほかならない。
2 亡細郷道一の過失について
(一) 被告は、本件において交換差額が生じたとしても、それは組織上の過失に基づくものであり、市長としての亡細郷道一個人の過失とはならない、と主張するが、現代の行政手続において重要決定が複数の職員の関与のもとに組織的になされていることと、その決定権限を有する者の責任とは別個であり、本件のような代位訴訟の意義及び本質、地方公共団体の長が対内的には事務の統括者であり、財務会計事務の最高責任者かつ監督者であるなど重大な職責を有することからすれば、横浜市の市長であった亡細郷道一の責任が限定的なものであるとはいえない。また、そうであれば、この債務は民法の不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権であるから、決して一身専属的なものではなく、相続によりその相続人に承継されることは当然である。
(二) また、右にのべたように地方公共団体の長の重大な職責に照らせば、横浜市の市長であった亡細郷道一に本件について過失がなかったとはいえず、同人は本件交換価格の最終決定に当たってはこれが適正になされたものか否かについて、慎重な検討が加えられるべきであった。
3 横浜市の損害について
被告は、仮に本件交換が差額を生じるものであった場合には、横浜市は西武鉄道に対して交換補足金の徴収請求権を有することになるから、損害は生じてない、と主張するが、原告が主張しているのは、横浜市が交換補足金の徴収を怠っていることではなく、本来交換は等価でなされるべきであるのに、本件においては横浜市の交換渡地が著しく高額であって双方の土地の価格に著しい相違があって適正を欠き、しかも交換差額金の受領もない点で違法であり、そのため横浜市に損害を与えたというものであり、このような場合に、横浜市が交換の相手に対して損害賠償請求権等を有するからといって、本件のような代位訴訟における損害が生じてないということにはならないのである。
第五判断
一本件交換がなされた経緯(第四双方の主張一本交換の経緯等1・2)については当事者間に争いがない。
ところで、証人青木弘之の証言、<書証番号略>、弁論の全趣旨によれば、交換渡地及び交換受地の評価は次のとおり行われたことが認められる。
(一) 補助参加人横浜市においては、財産の取得、処分等を行う際の当該財産の価格の評定について、横浜市財産評価基準要綱が作成されており、これによれば、評価手続は、横浜市財産評価審議会に付議して行うもの、不動産鑑定士(補)に依頼するもの、横浜市企画財政局管財部管財課評価係が行うものとに分かれ、案件の目的・規模等から審議会に付議することなく管財課が評価すれば足りるとされたもので、土地にあっては、近隣地域及び類似地域に横浜市が行った適切な評価先例及び取引事例等があって、それらによることができ、原則として土地の数量が一〇〇〇平方メートル未満のものについては、管財課がその評価を行うことになっていた。
(二) 管財課は昭和六二年五月に本件交換地の評価事務の依頼を受け、交換渡地及び交換受地の評価も管財課評価係が行ったが、当時、同課には六名の評価係がおり、不動産鑑定士の資格を有していた者はいなかったものの、いずれも年一回ではあるが不動産評価についての研修を受け、しかも年間約三〇〇件の不動産評価事務を担当して不動産評価についての経験を有し、さらに普段から、外部の不動産鑑定書の取得事例、横浜市の取得事例及び不動産鑑定士からの売買事例を情報源として、取引事例の収集に努めていた。ところで、評価係が不動産評価をした場合、その起案は順次管財課長、固定資産税課長、管財部長、企画財政局長の決裁を受けることになっており、本件交換地についても同様に決裁を受けたが、不動産鑑定士の資格を有している固定資産税課長をはじめとして、決裁担当者から特別な指示等はされなかった。
(三) 本件交換地はいずれも一〇〇〇平方メートル以上であったが、その近傍に横浜市の財産評価審議会が行った評価先例地があり、その価格時点が依頼時点と同じであり、両地は同一の区画整理地区内にあり、街区も整然としていてそれぞれの要因の比較も容易であったことから、管財課が評価事務を担当することになった。ところで、当時横浜市において西武鉄道からイベントホール用地としての用地買収の交渉が行われており、それが、昭和六〇年七月の価格をもってなされ、しかも折から地価も高騰していたため、本件交換地の価格を昭和六二年五月当時で行うと、それがイベントホールの用地買収に影響するということで、本件交換地の評価時点は、昭和六〇年七月二三日とするという条件が付けられていた。
(四) そこで、管財課評価係は、まず交換渡地について、標準地を設定してそれとの比較等をして交換渡地の適正な正常価格及び隣接地の価格を求め、その併合した一体画地の評価額を求めた上、それを交換渡地と隣接地に総額比による配分をなして交換渡地の限定価格を求める、という方法でその価格を算出し、交換受地については、その近隣に標準地を設定してそれとの比較等をして正常価格を算出する、という方法を採用した。
そして、その具体的方法は、第四双方の主張三(三)(1)ないし(4)記載のとおりである。
(五) その後、管財課評価係は、昭和六三年三月二五日に本件交換地について再評価を行った。その具体的方法は、第四双方の主張三(四)(1)ないし(4)記載のとおりである。
二次に、交換渡地の価格が原告ら主張のとおり交換受地よりも高価であったか否かについて検討する。
1 原告らの主張は、本件について不動産鑑定士である澤野順彦が鑑定人として交換渡地及び交換受地についてその価格を鑑定した鑑定書及び鑑定書補充書(以下その内容を「澤野鑑定」といい、個別的には「鑑定書」又は「鑑定補充書」という。)に基づくものであり、原告はこれをもって交換渡地の価格が交換受地より高価であると主張しているので、まず澤野鑑定を検討することとする。
(一) 鑑定書によれば、交換受地の価格は、平方メートル当たり三六六万円(なお、鑑定補充書で三五一万円と訂正された。)とされている。ところで、澤野鑑定は、原告らの申し出に基づいて第二二回口頭弁論において採用され、鑑定人尋問を経て平成四年六月九日に鑑定書が提出され、これが同月一〇日実施の第二四回口頭弁論において顕出されたが、その後同年一二月二日において鑑定補充書が提出され、同日実施の第二八回口頭弁論期日において顕出されている。この鑑定補充書が提出された経緯は、当初提出された鑑定書に対して補助参加人から「鑑定に対する意見書」(<書証番号略>)として種々の疑問が提起されたため、当裁判所から右意見書に対する意見があれば提出するように求めた結果、新たに提出されたものである。
その結果、鑑定書には、鑑定人が自らも認めて提出した多数の数値の誤り、計算違い等があり、その誤りがひいては鑑定主文における本件交換地の価格の計算にまで影響していたことが判明したのであるが、鑑定人が鑑定補充書において右価格を訂正したのは、鑑定書提出後に自ら気づいたというのではなく、訴訟関係者からその点についての指摘を受けたためであるということだけからしても、鑑定書の作成過程において、十分な検討がなされたかについて疑問が生じるところである。しかも、右訂正に係る事項の中には、「標準画地の更地価格の決定」(鑑定書一二頁)について、「以上評定したとおり比準価格六〇八万円/平方メートル及び収益価格六〇五万円/平方メートルと算出された。両試算価格はいずれも均衡を得ており、かつ公示価格との関連性も良好であるので、比較勘案した結果、両試算価格の相加平均価格六〇六万五〇〇〇円/平方メートルをもって標準画地の更地と決定した。」とあった記述を、「以上評定したとおり比準価格六二五万円/平方メートル及び収益価格四三〇万円/平方メートルと算出された。両試算価格は相当な開差が存しているが、これは近年における地価の高騰に収益価格が追従していけないことになるものと思料されるところ、比準価格は、公示価格との関連性も良好であるので、比較勘案した結果、比準価格と規準価格のほぼ中庸の価格である六一四万円/平方メートルをもって標準画地の更地と決定した。」と書き換えるなど、専門家の作成した鑑定書としてはいかがと思われるところもあるのであり、澤野鑑定は全体的に信を置き難いというべきである。
そして、前記のとおり鑑定書によれば、交換受地価格は三六六万円(補充書で三五一万円と訂正した。)とされているが、他方<書証番号略>(不動産鑑定士加藤要作成の鑑定書)によれば、交換受地価格は五五三万円とされているところ(いずれも昭和六三年三月二五日時点の平方メートル単価)、<書証番号略>は昭和六二年一月から昭和六三年二月までの八例の近隣取引事例に基づき、評価額を求めており、その過程に特段異常な点も認められていないのであるから、<書証番号略>に基づき、交換受地の価格を認定すべきである。そうすると、右の五五三万円は、被告主張の昭和六三年三月二五日の再評価価格五四四万六九〇〇円(昭和六〇年七月二三日時点の正常価格一二六万九五〇〇円の4.29倍)と大差ない値となる。
(二) 鑑定書によれば、交換渡地の価格は八一六万円(昭和六三年三月二五日時点の平方メートル単価。ただし、補充書で八〇五万円と訂正された。)とされている。
ところで、澤野鑑定は交換渡地については北東側及び南西側隣接地との一体利用を前提とした価格を求めており、価格の種類は正常価格であるところ、その鑑定方法は、評価対象地の存する地域における標準的画地の価格を求め、これを基準として、対象地の評価額を求めているのであるが、交換渡地については隣接地と一体利用することを前提とした価格の平均単価に交換渡地の面積を乗じて鑑定評価額としている(鑑定書七頁)。しかし、交換渡地は区画街路として設置された公衆用道路であり、その形態は間口一六メートル・奥行約八九メートルの北西から南東に細長い土地であり、その北東側隣接地は西武鉄道の所有に係る間口約七三メートル、奥行約九〇メートルのほぼ長方形の平坦な宅地であり、また南西側隣接地は、やはり西武鉄道の所有する間口約六四メートル、奥行約八七メートルのほぼ長方形の平坦な宅地であり、これらを一体とすると、たて約八八メートル、横約一五三メートルの南西側一部が欠けたほぼ長方形の平坦な宅地となるものである(鑑定書五・六頁、なお、交換渡地と両側隣接地が交換により一体利用が可能となり、交換渡地の価値が上昇することには争いがない。)。したがって、交換渡地の評価に際しては、限定価格を求めるのが相当であると思料される。しかるに交換渡地の価格を求めるのに交換渡地とその北東側及び南西側の隣接地とを一体画地として評価し、その平均単価を交換渡地の面積に乗じるというのは、交換渡地と隣接地の形状、利用形態の相違を無視するなど余りに条件設定に無理があるといわざるを得ない。つまりこのような方法では、交換渡地の価額に反映すべき個性は没却され、種々の条件が異なる交換渡地と両隣接地が、同一単価となってしまうのであり、これは容易には首肯できない結論といわざるを得ない。もし限定価格の算出に当たり、そのような算出方法を採るのであれば、そのことについて十分な説明がなされてしかるべきであるが、鑑定書にはこれについての説明が何らなされていないのである。この点について鑑定補充書(五ないし七頁)は、交換渡地の評価方法には、①交換渡地の形状、地積等の現況における時価を求める、②交換渡地の存する地域における標準的画地の標準価格を求め、これに交換渡地の面積を乗じて求める、③交換渡地について、隣接地と併合する場合の限定価格を求める、④交換渡地と隣接地との併合後の一体価格の単価(平均価格)に交換渡地の面積を乗じて求める、という①ないし④の手法が考えられるところ、地方公共団体が公共事業用地を取得する場合には、②の方法(標準画地又は一体利用されている画地の平均価格)を採用しているので、処分の場合にも同様に考えるのが公平であり、それで十分と思われると述べている。しかし、本件の等価交換の事案を、右の考え方で処理することは妥当でないというべきであるし、鑑定は鑑定事項に応えるものでなければならないところ、さらに、右補充書には、本件鑑定は裁判所から下命された鑑定事項について鑑定したものである旨の記載もあるが、本件鑑定の鑑定事項は「昭和六三年三月二五日当時における交換渡地と交換受地の価格(ただし、交換渡地については、東西側隣接地との併合による一体利用を前提とした価格)」というのであり、一見、同鑑定人のいう④の方法を想起させるような趣があるけれども、その趣旨は、本件の事案に照らせば、いわゆる限定価格を求めるものであることが明らかである。したがって、澤野鑑定は②の方法を採用したもので、いわゆる限定価格を求めたものではないから、鑑定命令の趣旨に合致しないものといわなければならない。
以上のところに、前記(一)に述べた事情を総合すると、同鑑定の交換渡地の価格は採用できない。
2 ところで、原告らの主張は前記のとおり、澤野鑑定に基づくのであり、他に原告ら主張の交換渡地の価格を認めるに足りる証拠はないから、結局、原告ら主張の損害は認められず、その余の点を判断するまでもなく原告らの本件請求は理由がないことになる。
三以上検討のとおり、本件においては、交換渡地と交換受地との価格が異なり差額があることを認めるに足る証拠がないから、これを前提とする原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
よって、本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清水悠爾 裁判官秋武憲一 裁判官東亜由美)
別紙物件目録
一、横浜市港北区新横浜三丁目一〇〇番四三
公衆用道路(現況宅地)
一、三六九平方メートル
二、右同番四四
公衆用道路(現況宅地)
六九平方メートル
三、横浜市港北区新横浜三丁目一二番二
雑種地 五四一平方メートル
四、右同番三
原野 四二七平方メートル
五、右同番七
宅地 531.48平方メートル
六、右同番八
宅地 81.28平方メートル